みんなの法話

『せいてん』とともに!

本願寺新報
2010(平成22)年10月20日号掲載
阿川 教行(あがわ きょうぎょう)
(山口・西円寺住職)


カット 林 義明

なぜお経を読むの?

この夏、お寺に地元の小学校から3年生41人の参拝がありました。最初と最後はきちんと正座をします。先生が「おへそを住職さんの方に向けて」と号令をかけると背筋も伸びて、私も真剣な表情に応えて楽しくお話しました。

早速質問、一問一答です。

「お経は長いのにどうやって覚えるんですか?」

私は「覚えません。このお寺では、毎朝6時半に鐘(かね)をついて、その後おつとめをします。毎日読んでいたら結果的に覚えることになります。間違わないように本を持つのですよ。後で一緒に読んでみましょう」と答え、子ども向けの『せいてん』を配ると、はやくも「正信偈」を読み出す児童がいました。日頃からご家族と朝夕のお参りをしているのでしょう。

お念珠(ねんじゅ)についての質問もありました。「お念珠は何のために持つのですか?」と聞いたのはひと昔前の子どもで、今時の子どもは「お念珠の効果は?」と聞いてきます。

「お念珠は仏教を信じる者が持つのです。かばんやポケットに入れているお念珠を見るだびに、私は仏教を信じる者だったんだと思い出す効果があります」と答えましたが、どれだけの児童に通じたことか少し疑問が残ります。

「何のためにお経を読むのですか?」という質問には、『せいてん』のはじめにある少年連盟総裁(大谷範子お裏方)のお言葉を紹介しました。

「私たちが、お経を読むということは、文字だけを読むことでしょうか。私たちは、毎日ごはんを食べています。一回だけ食べれば、それで一生食べなくていいというものではありません。仏さまのみ教えを聞くことも、それと同じではないでしょうか。毎日毎日聞いていかねばなりません。お経を読むときに、文字を通して、仏さまのお心を、まちがいなく受け取らせていただくのです」

あっという間の1時間が終わりました。『せいてん』を持って帰りたい人は持って帰っていいというと、半分以上が持ち帰りました。

終わりにあたり、香炉に炭火を入れると、たちまち焼香したい児童の列ができ、『せいてん』を見ながら作法をお互いにチェックし始めました。

正しく焼香できたという満足感から、帰宅後にはきっとお寺で見てきたことを得意げに話したことでしょう。家族中がご本尊と向き合う日暮らしをしてくれればいいなあと思います。

子どもから大人まで

子どもたちの参拝があってから、この『せいてん』のお言葉をご法事でも紹介することにしました。あらかじめ子ども向けに書かれているお言葉と説明するので、朗読し始めると、大人も慈愛に満ちた笑顔になります。

先日、95歳のおばあさんの葬儀がありました。私の地域では葬儀があると、収骨の後、自宅に帰る前にお寺の阿弥陀さまにお礼のお参り(還骨(かんこつ)勤行)をする風習があります。

本堂で一緒に「讃仏偈(さんぶつげ)」をおつとめするのですが、5歳の女の子(亡くなった方のひ孫)が、この『せいてん』を手にすると、仮名が読めるのがうれしいのか、少しフライング気味ながら大きな声で読んでいました。完全に大人を引っ張っているのです。

初七日に伺った時に「大きな声でおつとめできたね」と褒(ほ)めると、大きな声で「うん」と返事がありました。

それ以来、毎週玄関で約束の時間に私を待っていてくれます。大人の声もそろってきた五(いつ)七日からは「正信偈」をおつとめしました。

少し遅めのテンポですが、女の子は一生懸命声を出しておつとめについてきます。六(む)七日からは「念仏・和讃」もよく読めるようになり、満中陰(まんちゅういん)には40人を超える親戚(せき)が集まって声高らかに「正信偈六首引(しゅびき)」をおつとめしました。

このお宅に受け継がれてきたおみ法(のり)の宝物が、おばあさんからお子さん夫婦へ、そして孫、ひ孫へと、それぞれ目に見える形で受け継がれはじめました。まさにご勝縁です。

還骨のおつとめで、この女の子が初めて手にした『せいてん』がご縁となって、家族中が「正信偈」を読めるようお育ていただいたのです。満中陰のキーパーソンもやはり5歳の女の子でした。