みんなの法話

やさしくしかって

本願寺新報
2010(平成22)年6月20日号掲載
宏林 晃信(ひろばやし こうしん)
(兵庫・浄元寺住職)


カット 林 義明

近くの座席の会話が

  自分がわからない人は
   他人を責める
  自分が知らされた人は
   他人を痛む

あるお寺の掲示板です。この言葉に、私の姿をズバリと言い当てられた思いでした。

私には3人の子どもがいます。長男9歳、長女6歳、そして4歳の次男です。今から約5年前、一番下の次男が誕生する7カ月前のことでした―。

私が住職を務めるお寺は保育園を運営しており、その年も恒例の運動会が開催されました。ちょうどその頃、副園長であるつれあいには、新たな生命が宿り、すでに妊娠3カ月とわかっていたのですが、3人目という油断もあったのでしょう、園児と一緒になって、夢中で走り回っていました。

ところが次の朝、真っ青な顔をして「流産したかもしれない」と言うのです。急いで病院に駆け込みました。「絶対安静! 即入院!」という医師の言葉。告げられた診断結果は切迫流産というものでした。その日から約2カ月間、入院を余儀なくされたのです。

大変な日々が始まりました。報恩講とも重なり、私は多忙を極めました。その上、4歳と1歳の兄妹は何かと手がかかります。私なりに精いっぱい歯をくいしばり頑張りました。

親の都合の押しつけ

入院から約1カ月近く経った夜のことです。私は疲れ果てた状態で、ようやく長女を寝かしつけ、一刻も早く自分も休みたいと思っていました。ところが、その日に限って、長男は寝る気配がなく、「絵本読んでよ~」「遊んでよ~」とせがむのです。

「また明日な!」と答えても、全く言うことを聞きません。

頭に血が上った私は「お前はこんなにパパが大変なのに、何でわかってくれんのや!」と大声で怒鳴ってしまったのです。

長男は目に涙をいっぱいためながら「ごめんなさい。ちゃんと寝ます・・・」。そしてこうつぶやきました。「でもパパ・・・、もっとやさしくおこってよ・・・」。

その瞬間、私は「はっ」と我に返りました。「怒(おこ)る」と「叱(しか)る」は違うのです。「怒る」は子どもの身になれずに、自分の都合ばかりを押しつけている態度です。「叱る」とは、まず自分の都合を離れて、子どもの身になって、言い諭す姿勢です。

その時の私はまさに「怒る」でした。「こんなに苦労しているのに」と、自分の都合で怒(いか)りの弓を引き、その矢を長男に向けていたのです。それが、「パパ、やさしくおこってよ・・・」という言葉によって、その矢が自分自身に突き立てられたような痛みを感じました。

長男も一生懸命に妹の面倒を見て、お手伝いもして頑張っていたのです。まだ4歳なのです。1カ月も母親がいない寂しさはどれほどのものだったでしょう。その寂しさを少しでも埋めたい一心で、父親とふれあいたかったはずなのに・・・。

〝お育て〟が必要な私

長男の言葉を通して、阿弥陀さまの「目覚めよ、気づけよ」との厳しいまでのおよび声が聞こえてきました。痛むべき、恥ずべき私の姿でした。そして、思わず「ごめんな。お前も頑張っていたんよな。パパが悪かったな」と抱きしめながら謝りました。

すると、息子は満面の笑みを浮かべて、「パパ! 大変やけど、がんばれよ!!」。この言葉には一本とられましたが、「一緒に頑張っていこう」という思いが伝わってきました。

これまでのトゲトゲしい私の思いが、安らぎへと転じられるのを感じました。状況が変わったわけではありません。しかし、状況は変わらない中にも、阿弥陀さまの智慧と慈悲に支えられながら、できる範囲で精いっぱい頑張っていこうという力がわいてきたのです。そこには「痛みをともにしてくれる安心」の生活が恵まれていました。

しかし、縁によっては、再び怒っている私の姿がありました。

そのような私だからこそ、日々の生活の中で、阿弥陀さまからの「お育て」が必要なのです。

苦労をすれば苦労をにぎる
我慢をすれば我慢がたまる
我が励めば、励むが残る
積んだそれらが
他人を泣かす
放す力が南無阿弥陀仏

友人が教えてくれた、ある念仏者のお言葉が身にしみる今日この頃です。