みんなの法話

私の気持ち 聞いてえな

本願寺新報
2010(平成22)年5月10日号掲載
守 快信(もり かいしん)
(滋賀・東光寺住職)


カット 林 義明

うちの母は、8年前から認知症。母との生活や応対を通して、母の想いと、心に気付かされました。母の気持ちを聞いてください。

自分がなってみて

私は86歳。8年ほど前、私にとっては自然な行動だったのですが、周囲には異常に見えたようです。これが「認知症」の初めの頃。会話がうまくできなくなり、直前の記憶があいまいになって、多くの人たちに迷惑をかけたようです。

その時、周囲の人たちは認知症のことをよくわかっておられなかったようです。

「あの人ボケてはる」「恥ずかしいな」「なりとうないな」と陰口を立てられ、悲しい思いをしました。恥ずかしいことですが、実はそういう私も「認知症」をよく知らなかったんです。

自分がなってみて、みんなの変な視線に、やり場のないストレスを感じました。でも、私が病気の理解のお役に立てたことはうれしいことです。家族も最初は戸惑っていたようですが、福祉施設で働く孫娘の助言のおかげで、少しずつわかってもらえたようです。

初めて病院に行き「認知症」だとわかった時は、認めたくないという気持ちでいっぱいになり、「なんでこんなことになったんやろ」と情けなくなって一人で泣いたこともありました。でも、家族のみんなが支えてくれ、やがて周囲も受け入れてくれました。

これが病気の自然な姿

私は編み物や手芸の教室も開き、人一倍手先も頭も使いましたが、この病気になりました。でも、罰(ばち)だとか、恥ずかしいと思ったことはありません。ご縁をいただいたと理解しました。「認知症」は、病気なんですね。

この病気、物覚えがあいまいになっても、プライドや生きてきた経験は今でも身に付いています。ただボケーッとしているんじゃありません。それが病気の自然な姿なんです。

「きみょーう・むりょーう」と、おつとめもできますよ。毎日してきたことですから。「恩徳讃」も忘れてません。阿弥陀さんが好きですから、一緒にいると安心できるんです。

年を重ねると、昔が懐かしくなり、実家に帰りたくなります。思い始めると、居ても立ってもいられず、足が先に動きます。でも、どこをどう通ってということがうまく考えられず、道に迷ってしまうんです。

皆さんはそれを「徘徊(はいかい)」と言われます。でも、私にとっては、行きたいところをめざして、一生懸命歩いているんです。ところが、どうも目的地とは違う方向に行ってしまうことが多いようです。皆さんにご心配をおかけしています。

また、家族のためにと、デイサービスやショートステイも行きましたが、毎日環境が変わり、気遣いをする性格の私はなじめず、不安になるんです。どうしていいのかわからず、つい身近な人に当たってしまうんです。思い込みも多く、頑固(がんこ)な自分が悲しくなります。

家族がそれを心配して、病院に入れてくれました。慣れるのにしばらくかかりましたが、おかげさまで、今は穏やかな毎日を送っています。

憂いに寄り添う人

病院に入って1カ月ぐらいした時、歯の具合が悪かったんですが、介護の人に伝えられず我慢してたんです。そのうちにストレスで食事ができなくなり、動けなくなりました。

でも、そのことに嫁が気付いてくれ、食事ができるようになり、歯の治療もしていただきました。その最初に3人で食べたパンは本当においしかった・・・。

ある人が「いつもボケーッとしてて、何の悩みもなくていいな」と言われました。でも、私にも悩みや思いも皆さんと同じようにあるんですよ。

親鸞聖人が「凡夫(ぼんぶ)」について、「怒(いか)りやそねみ、妬(ねた)むこころが息絶えるまで消えない」とお示しいただいていることに、あらためて「その通りだな」とうなずかされます。同じ生身の凡夫です。悩みもありますよ。

み教えの通り、阿弥陀さまはどんな私であってもお救いくださいます。いつも一緒。寂しくはありません。でも、わがままですが、私の憂いに、優しく寄り添い、病を理解してくださる人があれば、よりうれしいのですが・・・〈憂い+人=優しさ〉。