みんなの法話

出遇(あ)えてよかった

本願寺新報
2010(平成22)年3月10日号掲載
花岡 静人(はなおか しずと)
(奈良・勝光寺衆徒)


カット 林 義明

何でだろう?

親鸞聖人はご生涯をかけて、私に「阿弥陀さま」を告げてくださいました。「すべての世界の『念仏のいのち』をご覧になり、おさめ取り、決して捨てることのないおはたらきであるから阿弥陀ともうしあげるのだよ」とのお心が示された、

十方微塵(じっぽうみじん)世界の
念仏の衆生(しゅじょう)をみそなわし
摂取(せっしゅ)してすてざれば
阿弥陀となづけたてまつる
(註釈版聖典571ページ)

というご和讃も、そんな尊いお言葉の一つです。ただ、このご和讃を聞かせていただくたび、「何でだろう・・・」と気になることがありました。というのは、「十方」とは、四方八方の八方に上下の二方を加えた言葉。「平べったいところも上も下も全部」という意味です。だったら「十方世界の」とおっしゃるだけでも「あらゆる場所に住む、すべてのいのち」という意味は示されます。実際、お経(きょう)にも「十方世界」と示されているのです。どうして親鸞聖人は、数限りないという意味の「微塵」を挟(はさ)まれたのか・・・。「和讃は当時の流行歌の形式だから、歌いやすいよう言葉数を調(ととの)えられたのかもしれない」と思いつつ、それでもそれでも「何でだろう・・・?」

来てあげたよ!

あるご法縁でのこと。そのお寺の幼稚園の年長さんの男の子が、ずっと私と一緒にいてくれました。それはそれで、うれしかったのです。が、何度も繰り返されるトランプ、はたまた、果てしなく続くゲームでの対戦、そのお付き合いには疲れました。なにせ、ご法話の間にとらせていただくわずかな休憩の時間さえも許してもらえなかったのです。

1日目のご縁が終わり、いったん自坊へ帰ろうとした時のことです。見送りに来てくれたその子が「明日は、大好きなお稽古(けいこ)があるから一緒に居られないかもしれない・・・」と言いました。私は「そう、それは残念だなぁ」と言いつつ、内心は「あしたは解放される!」とホッとしていたのです。

さて、その翌日。ご法話を控え用意をしていると、ドタドタ、バタバタとあわただしい足音。その足音が急速に近づいてきたかと思うと、いきおいよく襖(ふすま)が開けられました。肩には、まだカバンが掛けられたまま。ゼイゼイと息を切らせながら、それでも「先生、ただいま。僕、来てあげたよ!」との大きな声が飛んで来ました。

後でお母さんから聞かせていただきました。今まで休んだことのなかった大好きなお稽古を取りやめてくれたこと。しかも、間に合うように一生懸命、走って帰ってきてくれたこと・・・。

私は前日、ご法話の間に、この男の子の遊び相手をしてあげていたつもりでした。ところが、この子の思いは違っていたのです。講師部屋で一人っきりでさびしくないようにと、私の相手をしてくれていたのです。幼い胸のうちにそんな思いをかかえてくれていたのです。だからこその「僕、来てあげたよ!」だったのです。その心を大変ありがたく思いながら、「同じ場所で一緒にトランプし、ゲームをしながら、まったく違う思いの世界でいたんだなぁ」とつくづく思わされたのです。

念仏よろこぶ衆生に

おかげで「何でだろう・・・?」が少し解決しました。いのちの数だけ、「いのちの世界」があるのです。だからこそ親鸞聖人は「微塵(みじん)」という言葉を挟んでくださったのでしょう。

十把一絡(じっぱひとから)げではなく、それぞれの「私一人(いちにん)」を、そのいのちがかかえる悲しみ・不安をとことんご覧になってくださった如来さま。そんな如来さまを告げてくださる大切な言葉であったのです。

すると今度は「念仏の衆生」の響きまで変わってきました。確かに「念仏するもの」という言葉です。けれど、それはそのまま、『念仏の衆生』とする以外には救いようがないとみてくださった如来さまご自身が、まさにそのようにしようと私の上にはたらいてくださっている姿であったのです。

私の「いのち」となりきって私をお救いくださる如来さまとの出遇(あ)い。同時に、そうまでしていただかないと救われようのない私との出遇い。「念仏の衆生」に、そのような響きまでが重なってきたのです。

安心の如来さまに抱かれて、如来さまに呼びさまされていく「念仏の衆生」という人生。なんともたのもしく、豊かな「いのちの世界」です。

南無阿弥陀仏、浄土真宗に出遇わせていただいて本当によかった!ナモアミダブツ